R35 GT-Rのレース実績──SUPER GT 41勝、世界GT1王者、バサースト制覇。「速い市販車」で終わらなかった18年

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R35 GT-Rを「ニュルブルクリンクで速かった市販車」だけで語るのは、あまりにも惜しい。

このクルマには、正真正銘のレーシングヒストリーがある。

SUPER GT GT500では14シーズンで41勝。ドライバーズタイトル5回。

FIA GT1世界選手権ではドライバーズチャンピオン。

GT3仕様はオーストラリアのバサースト12時間を総合優勝し、欧州のブランパン耐久シリーズでもタイトルを獲得した。

しかも面白いのは、「R35 GT-Rのレーシングカー」と一括りにできないことだ。

GT500。

GT1。

GT3。

それぞれ規則が違い、メカニズムも違う。

市販R35のATTESA E-TSをそのまま使って世界中を戦ったわけでもない。

GT-Rという素材を、それぞれのレギュレーションで勝つマシンへ作り替えた。

そこに日産/NISMOのレース屋としての凄みがある。

市販車登場直後、GT-RはもうGT500へ向かっていた

R35型NISSAN GT-Rが正式発表された直後、日産/NISMOはSUPER GT GT500クラスへの投入を決めていた。

それまで日産陣営が使用していたのはフェアレディZ。

そこからGT-Rへバトンを渡す。

日産が2008年1月に発表したモータースポーツ計画では、R35型NISSAN GT-RによるSUPER GT参戦を正式に表明している。GT-Rのレース活動としては5年ぶりの復活だった。

そして、ここからが凄かった。

普通なら新型レーシングカーのデビューイヤーは、トラブルを潰しながら熟成するシーズンになる。

R35 GT-Rは違った。

いきなり勝った。

デビュー戦から1-2フィニッシュ

2008年SUPER GT開幕戦、鈴鹿。

R35 GT-RにとってGT500デビュー戦だ。

結果は、

GT-Rの1-2フィニッシュ。

しかも勢いは止まらない。

最終的にR35型GT-Rは2008年シーズン9戦中7勝。

デビューイヤーにしてドライバーズタイトルまで獲得した。

NISMOが2021年にR35 GT500の歴史を総括した公式記録でも、「デビューシーズン9戦7勝」という数字が残されている。

勝率だけ見ても異常だ。

ニューマシン。

初年度。

国内最高峰カテゴリー。

そこで9戦7勝。

「GT-Rが帰ってきた」どころではない。いきなり選手権を支配し始めたのである。

ただしGT500マシンは「市販R35そのもの」ではない

ここは非常に重要だ。

SUPER GTのGT500仕様GT-Rを、

「市販R35を軽量化して改造したレーシングカー」

と考えるのは正確ではない。

GT500は高度な専用レーシングカーだ。

たとえば2011年仕様には競技専用のVRH34Aエンジンが搭載され、トルク特性、最高出力、ダウンフォース、駆動系の信頼性などが改良されていた。

さらに時代とレギュレーションの変化に合わせて、GT500マシンの構造は進化していく。

つまり、

見た目はR35でも、中身は勝つために作られた別世界のマシン。

それでも「GT-R」という名前を背負って国内最高峰を戦い続けたことに意味がある。

2011年──GT-Rが再び頂点へ

2008年のタイトル獲得後もR35 GT-RはSUPER GTで戦い続ける。

そして2011年。

MOLAのS Road MOLA GT-Rを駆る柳田真孝/ロニー・クインタレッリ組がシリーズを制した。

ドライバーズタイトルだけではない。

チームタイトルも獲得。

R35 GT-Rは再びSUPER GTの頂点に立つ。

さらに翌2012年。

同じ柳田/クインタレッリ組が連覇。

GT-Rが2年連続でドライバー&チームのダブルタイトルを獲得した。

この頃には、R35 GT-Rは「デビュー時だけ速かったクルマ」ではなく、長期的に勝てるプラットフォームであることを証明していた。

2014、2015──今度はNISMOが連覇する

GT-Rの黄金期はまだ終わらない。

2014年。

MOTUL AUTECH GT-Rを駆る松田次生/ロニー・クインタレッリ組がGT500タイトルを獲得。

翌2015年も同じコンビがチャンピオンとなる。

2年連続タイトル。

2015年最終戦もドラマチックだった。

MOTUL AUTECH GT-Rは予選12位。

タイトル争いでは厳しい状況に追い込まれていた。

しかし決勝では追い上げて2位。

逆転でシリーズチャンピオンを決めた。

ロニー・クインタレッリに至っては、R35 GT-Rとともに2011、2012、2014、2015年と4度のGT500ドライバーズタイトルを獲得することになる。

R35 GT-RとSUPER GTを語るうえで、絶対に外せないドライバーだ。

14シーズン、113戦、41勝

R35 GT-RのGT500活動が終了したのは2021年シーズン。

2008年から、

14シーズン。

その最終成績を日産/NISMOは公式にまとめている。

113戦。

36ポールポジション。

41勝。

ドライバーズチャンピオン5回。

2008年、2011年、2012年、2014年、2015年。

チームチャンピオン4回。

2011年、2012年、2014年、2015年。

さらに2014年オートポリスと2021年鈴鹿ではGT-R勢が表彰台を独占した。

日産/NISMOによれば、41勝はGT500参戦車両として2021年11月時点で歴代最多だった。

R35のレース史で最も重い数字は、ニュルのラップタイムではない。

「41」なのかもしれない。

一発のタイムではなく、14年間戦い続けて積み上げた勝利数だからだ。

R35は日本だけで戦ったわけではない

GT-Rの名前は、日本国内だけに閉じ込められなかった。

R35には世界選手権仕様も存在する。

それが、

FIA GT1仕様NISSAN GT-R。

2010年から本格的にFIA GT1世界選手権へ投入された。

日産/NISMOはワークスチームとして直接参戦するのではなく、プライベートチームへR35型GT-Rを供給し、技術支援を行う方式を採用した。

2010年には4台のGT-Rが参戦している。

そして翌シーズン、大きな結果を残す。

2011年 FIA GT1世界選手権──世界王者

FIA GT1世界選手権。

名前どおり、世界を転戦するGTカー最高峰の一つだった。

2011年、JRMのNISSAN GT-Rで戦ったミハエル・クルム/ルーカス・ルーア組が、

ドライバーズチャンピオンを獲得。

NISMOの公式戦績にも、2011年のFIA GT1世界選手権でNISSAN GT-R(R35)がドライバータイトルを獲得したことが記録されている。

これはR35にとって非常に大きい。

日本のSUPER GTだけで強かったわけではない。

異なる規則、異なるタイヤ、異なるサーキット、異なるチーム運営の世界選手権でも、

GT-Rはタイトルを獲った。

そしてGT3──世界中のチームがGT-Rで戦える時代へ

次に登場したのが、

NISSAN GT-R NISMO GT3。

これはR35をベースにFIA GT3規則へ適合させたカスタマーレーシングカーだ。

2011年からNISMOと英国JRMが共同で開発を進め、2012年モデルとして発売された。

エンジンには市販GT-Rと同系統の、

VR38DETT

を使用。

ただしトランスミッションは6速シーケンシャル。

さらにFIA GT3規則に合わせ、

駆動方式は後輪駆動。

つまり市販R35最大の特徴であるATTESA E-TS 4WDは使わない。

ここがレーシングカーの面白いところだ。

「市販車の機構を全部残す」ことが正義ではない。

レギュレーションの中で最も速く走る形へ作り直す。

GT3 GT-Rはその典型だった。

デビューイヤーから世界各地で勝ったGT3

GT-R NISMO GT3は2012年3月にレースデビュー。

すると初年度から結果を出した。

SUPER GT GT300。

スーパー耐久GT3クラス。

英国GT選手権。

英国GT Cup。

これらで勝利を記録。

NISMOはその実戦データやカスタマーチームからのフィードバックを次期モデルの開発へ投入した。

GT3カテゴリーの魅力はここにある。

メーカーのワークスチームだけではなく、世界各地のカスタマーチームが同じ基本車両を購入して戦える。

R35はここで、

「日産のレーシングカー」から「世界のチームが選べるレーシングカー」へ変わった。

2015年バサースト12時間──マウント・パノラを制圧

R35 GT-Rの海外レース実績で、最もドラマチックな勝利の一つが、

2015年バサースト12時間。

舞台はオーストラリアのマウント・パノラ・サーキット。

壁が迫る山岳区間。

高低差。

高速セクション。

そして長時間の耐久戦。

ミスをすれば即リタイアになりかねない難コースだ。

そこへNISSAN GT-R NISMO GT3が挑んだ。

千代勝正。

ウォルフガング・ライプ。

フローリアン・シュトラウス。

この3人がドライブし、

総合優勝。

NISMOの公式戦績にも2015年バサースト12時間でGT-R NISMO GT3が総合優勝したことが記録されている。

しかもGT-Rにとって、バサーストという土地には特別な意味がある。

だからこそ、R35世代での勝利は世界のGT-Rファンに強烈な印象を残した。

同じ2015年、ヨーロッパでもタイトル

2015年のR35 GT3はバサーストだけでは終わらなかった。

欧州では、

Blancpain Endurance Series Pro Cup

のドライバーズタイトルを獲得。

GT-R NISMO GT3を駆った千代勝正/ウォルフガング・ライプ/アレックス・バンコム組がシリーズを制した。

NISMO公式戦績にも、2015年のブランパン耐久シリーズPROクラスでGT-R NISMO GT3がシリーズタイトルを獲得したことが記録されている。

オーストラリアで耐久レース総合優勝。

ヨーロッパで耐久シリーズ王者。

日本ではSUPER GT GT500王者。

2015年は、R35のレーシングヒストリーを象徴する一年だった。

GT500とGT3を同じ「GT-R」と考えてはいけない

ここでマニア向けに整理しておきたい。

R35 GT-Rのレース実績を語る際、

GT500 GT-RとGT3 GT-Rはまったく別物

と考えたほうがいい。

GT500はSUPER GT最高峰クラス用の専用レーシングマシン。

GT3はFIA GT3規則に従い、市販車との関連性を持たせながら世界各国のカスタマーレースへ投入する車両。

エンジン。

駆動方式。

シャシー。

空力。

トランスミッション。

すべての考え方が異なる。

さらに2014年以降のGT500は2.0L直列4気筒直噴ターボを用いる共通技術規則へ移行したため、市販R35のVR38DETTとはますます別世界になった。

それでもボディにはGT-Rの姿が与えられ、

日産のフラッグシップとして勝利を求められた。

「市販車と同じだから凄い」のではない。

GT-Rという名前を背負った競技車両が、異なるルールの中で結果を残し続けたことが重要なのだ。

ニュルブルクリンクのタイムもR35伝説の一部

レース戦績とは少しカテゴリーが異なるが、R35を語るならニュルブルクリンク北コースでのタイムアタックも外せない。

日産の2025年の公式回顧によれば、R35は2007年にやや湿った路面で7分38秒。

2008年には標準仕様車で、

7分29秒。

翌2009年には、

7分26秒

まで記録を縮めた。

ここで重要なのは、単なる広告用タイムではなく、ニュルブルクリンクがR35の開発現場そのものだったことだ。

高速。

低速。

ジャンピングスポット。

バンピーな路面。

長いストレート。

そこを速く走るには、馬力だけでは足りない。

ブレーキ、タイヤ、空力、冷却、サスペンション、4WD制御。

全部が強くなければ一周をまとめられない。

R35が「直線だけのクルマではない」と世界へ知らしめた舞台だった。

2021年、GT500からGT-Rが去る

14年間続いたR35 GT-RのSUPER GT GT500活動は、2021年最終戦富士で幕を閉じた。

翌2022年から日産は新たなGT500車両へ移行。

しかしR35のレース活動そのものが完全に終了したわけではない。

GT-R NISMO GT3はその後もGT300などで走り続けた。

そして2026年シーズンについても日産/NMCはGT-R NISMO GT3を使用するチームへの技術支援を継続し、SUPER GT GT300には4台のGT-Rが参戦する体制を発表している。

市販R35の生産はすでに終了した。

それでもレーシングフィールドには、

まだR35がいる。

長寿モデルならではの異様な光景だ。

R35は「電子制御で速いロードカー」だけではなかった

R35 GT-Rには、市販車としての強烈なイメージがある。

VR38DETT。

ATTESA E-TS。

GR6デュアルクラッチ。

ローンチコントロール。

ニュルブルクリンク。

しかしレース史を追うと、もう一つの顔が見えてくる。

GT500では14年間戦い、41勝。

FIA GT1では世界タイトル。

GT3ではバサースト12時間を制覇。

欧州耐久シリーズでも王者。

しかもレギュレーションに合わせ、4WDを捨てたり、VR38DETTすら使わないGT500仕様へ変化したりしながら勝ち続けた。

つまりR35のレース史を支えたのは、

市販車のメカニズムを守ることではなかった。

守ったのは、

GT-Rの名前を付ける以上、レースで結果を残すこと。

だったのだろう。

街では重量級の2+2クーペ。

高速道路では長距離GT。

ニュルではタイムアタッカー。

そしてサーキットへ入れば、GT500、GT1、GT3という異なる姿に変わる。

R35は18年近いモデルライフの中で、ロードカーとしてだけではなく、

「勝つGT-R」という血統も、確かに次の時代へつないだのである。

FAQ

R35 GT-RはSUPER GTで何勝しましたか?

GT500仕様のR35型NISSAN GT-Rは2008年から2021年まで14シーズン参戦し、113戦で41勝、36ポールポジションを記録しました。2021年11月時点で41勝はGT500参戦車両の歴代最多記録でした。

R35 GT-RはSUPER GTで何回チャンピオンになりましたか?

GT500ではドライバーズタイトルを5回獲得しています。2008年、2011年、2012年、2014年、2015年です。チームタイトルは2011、2012、2014、2015年の4回でした。

R35 GT-Rは世界選手権でも優勝していますか?

はい。2011年のFIA GT1世界選手権で、NISSAN GT-Rを駆ったミハエル・クルム/ルーカス・ルーア組がドライバーズタイトルを獲得しています。

GT-Rはバサースト12時間で勝っていますか?

NISSAN GT-R NISMO GT3が2015年のバサースト12時間で総合優勝しています。ドライバーは千代勝正、ウォルフガング・ライプ、フローリアン・シュトラウスでした。

GT-R NISMO GT3も4WDですか?

いいえ。GT3仕様はFIA規則に従って後輪駆動です。エンジンにはVR38DETTを採用しましたが、6速シーケンシャルトランスミッションなど、市販R35とは異なる競技専用構成になっています。

R35 GT-Rは現在もレースに出ていますか?

GT500でのR35参戦は2021年に終了しましたが、GT-R NISMO GT3はその後も使用されています。日産/NMCが発表した2026年の活動計画でも、SUPER GT GT300、GTワールドチャレンジ・アジアなどでGT-R NISMO GT3を使用するチームへの支援が継続されています。


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