日産GT-R R35開発秘話──「スカイライン」を捨て、世界のスーパーカーに挑んだ日本の異端児

GTNET

「ポルシェ911ターボと本気で戦えるクルマを、日本から送り出す。」

それは単なる高性能スポーツカーの開発ではなかった。

日産がR35 GT-Rで挑んだのは、世界のスーパーカー市場に存在する常識そのものだった。

大排気量の自然吸気エンジンでもない。伝統的なミッドシップレイアウトでもない。ましてや、ただ軽量化を突き詰めたピュアスポーツでもない。

選んだのは、フロントにV6ツインターボを搭載し、後方にトランスアクスルを配置する独創的な4WDシステム。

そして、ニュルブルクリンクで世界の強豪と真っ向勝負するという開発思想だった。

その中心人物が、GT-R開発責任者として知られる水野和敏氏である。

「誰もが、どこでも、どんなときでも、最高のスーパーカーライフを楽しめる」。

この思想を実現するため、R35は従来のスカイラインGT-Rから大胆に決別した。

なぜ直列6気筒を捨てたのか。なぜトランスミッションを後方へ置いたのか。そして、なぜ1台のGT-Rにこれほど長い年月をかけて改良を続けたのか。

R35の開発秘話をたどると、日本のエンジニアたちが世界へ突きつけた、実に痛快な挑戦が見えてくる。

1. 「スカイライン」を外した理由──GT-Rは独立したスポーツカーになった

R32、R33、R34。

それまでのGT-Rは、スカイラインという車種の頂点に位置する高性能モデルだった。

しかしR35では、正式車名から「スカイライン」が消えた。

NISSAN GT-R。

この決断は、単なる名称変更ではない。

R35では専用のPMプラットフォームを採用し、スカイラインの派生モデルではなく、独立した高性能車として開発された。

その背景には、世界市場を正面から狙うという明確な意図があった。

従来のGT-Rは日本市場を中心に発展してきたが、R35は北米や欧州を含むグローバル市場への展開を前提としていた。

つまりR35は、スカイラインGT-Rの単なる後継車ではない。

GT-Rという名前だけで世界へ挑む、日産の新しいフラッグシップだった。

2. 開発責任者・水野和敏氏が掲げた「マルチパフォーマンス」

R35の開発思想を象徴する言葉がある。

マルチパフォーマンス・スーパーカー。

従来のスーパーカーは、究極の速さと引き換えに日常性を犠牲にすることも珍しくなかった。

しかしR35が目指したのは違う。

サーキットで速いことは当然。そのうえで、高速道路を快適に巡航でき、雨の日でも安定し、長距離移動もこなせる。

この相反する要求を一台で成立させようとした。

そのためR35には、極端な軽量化だけを優先するのではなく、車体剛性、重量配分、空力、冷却性能、駆動制御を総合的に高める設計が採用された。

ここがR35の面白いところだ。

軽さだけではなく、重量をどう使うか。

R35は、その発想を徹底的に追求したスポーツカーなのである。

3. 世界でも珍しい「独立型トランスアクスル4WD」の秘密

R35最大の技術的特徴の一つが、独特な駆動系レイアウトだ。

エンジンはフロント。

トランスミッションはリア。

そして駆動方式は4WD。

通常のフロントエンジン4WDとは異なり、R35では6速デュアルクラッチトランスミッションを後方へ配置した。

この構造によって、前後重量配分の最適化を狙ったのである。

しかし、話はそう簡単ではない。

リアにトランスミッションを置きながら前輪にも駆動力を送るため、R35は複雑なプロペラシャフト構成を採用している。

エンジンから後方のトランスアクスルへ動力を伝え、そこから前輪側へも駆動力を送る。

つまり、FR的な重量配置のメリットと4WDのトラクションを両立させようとしたのだ。

これがR35専用に発展したATTESA E-TSの大きな特徴である。

重量を単なる敵として扱うのではなく、タイヤへ適切に荷重を与えるための要素として考える。

R35の設計思想は、一般的な軽量スポーツカーとは明らかに異なっていた。

4. RB26を捨てた理由──新開発VR38DETTの誕生

R35の登場で、多くのGT-Rファンが衝撃を受けた部分がある。

エンジンだ。

R32からR34まで続いた名機RB26DETT。

2.6L直列6気筒ツインターボという、第二世代GT-Rの象徴である。

しかしR35では、これを継承しなかった。

新たに採用されたのは、

VR38DETT。

項目 初期型R35 GT-R
エンジン型式 VR38DETT
エンジン形式 V型6気筒DOHCツインターボ
排気量 3,799cc
最高出力 480PS
最大トルク 588Nm
トランスミッション 6速デュアルクラッチ
駆動方式 4WD

日本仕様の発売当初の代表的な公表値。後年の改良型やNISMOでは異なる。

なぜ直列6気筒ではなかったのか。

理由の一つがパッケージングだ。

V6は直列6気筒より全長を短くできるため、エンジン搭載位置や車体構造の設計自由度を高められる。

さらに排気量を3.8Lへ拡大し、低中速域から強力なトルクを発生させることも狙った。

RB26の高回転域で炸裂するキャラクターとは異なり、VR38DETTは幅広い回転域で強大な加速力を引き出す。

GT-Rの心臓は、回して速い直6から、どこから踏んでも速いV6へ進化した。

5. エンジンを一基ずつ組み上げる「匠」という存在

R35には、大量生産車でありながら手作業による精密なエンジン組み立て工程がある。

それを担うのが、日産の熟練エンジン組立技術者「匠」だ。

VR38DETTは、横浜工場の専用エリアで熟練技術者によって組み立てられることで知られる。

各エンジンには、担当した匠の名前が刻まれたプレートが取り付けられる。

ここにR35の興味深い二面性がある。

最新の電子制御。

高度な4WDシステム。

デュアルクラッチトランスミッション。

それらを搭載する世界的な高性能車の心臓部を、最後は人間の技術で仕上げる。

最先端のスーパーカーに、日本の職人文化が息づいている。

この事実だけでも、R35というクルマの個性は十分に伝わる。

6. ニュルブルクリンクは単なる記録会場ではなかった

R35の開発で欠かせない舞台が、ドイツのニュルブルクリンク北コースだ。

約20.8kmのコースには、高速コーナー、急勾配、うねり、荒れた路面が複雑に組み合わされている。

ここで速いクルマを作るには、エンジン出力だけでは足りない。

ブレーキの耐久性。

ダンパーの減衰特性。

車体剛性。

タイヤの接地性。

冷却性能。

すべてが問われる。

R35はこの過酷な環境で開発を重ね、初期型から7分台のラップタイムを記録した。

そして改良を続けた2014年モデルのGT-R NISMOでは、専用のN Attack Packageを装着した開発車両が7分08秒679を記録している。

ただし、この記録は通常の標準GT-Rがそのまま出したものではなく、専用装備を備えた仕様によるものだ。

それでも重要なのは、R35が発売後もニュルブルクリンクで開発を続けていたこと。

ニュルはR35にとって、広告のための舞台であると同時に、クルマを鍛え続ける実験室だった。

7. ポルシェ911ターボという巨大な目標

R35の開発を語るとき、避けて通れないライバルがある。

ポルシェ911ターボだ。

高性能4WD。

強力なターボエンジン。

日常性とサーキット性能の両立。

R35が目指した方向性には、911ターボと共通する要素が多かった。

しかし、R35はポルシェの構造を模倣したわけではない。

911ターボはリアエンジン。

R35はフロントエンジン+リアトランスアクスル。

同じような性能目標に対して、まったく異なる技術的な答えを出した。

しかも発売当初のR35は、同時代の欧州製高性能スポーツカーに対して価格面でも強い競争力を持っていた。

この組み合わせは海外メディアにも大きな衝撃を与えた。

圧倒的な加速性能とコーナリング性能を、従来のスーパーカーとは異なる価格帯で提供したのである。

8. 初期型R35は完成形ではなかった──改良を続けた理由

R35の開発史で本当に面白いのは、発売後の進化だ。

普通ならモデルチェンジを待つような大幅な改良を、R35は同じ基本型式のまま繰り返した。

初期型の480PSから、2017年モデルの標準GT-Rでは570PSへ。

GT-R NISMOでは600PSへ到達した。

だが変化したのは馬力だけではない。

トランスミッション制御。

サスペンション。

車体剛性。

空力。

冷却。

騒音や振動の抑制。

R35は年月を重ねるほど、単なる速さだけでなく洗練度も高めていった。

特に2017年モデルでは、内外装の刷新とともに快適性や操作性にも大きく手が入った。

初期型が持っていた荒々しい機械的なキャラクターは、改良によって徐々に成熟した。

同じR35という型式なのに、初期型と後期型では乗り味も完成度も大きく違う。

これほど長期間にわたって同一基本型式を進化させ続けたこと自体、R35の開発史を特別なものにしている。

9. 最高峰NISMOに投入されたレース技術

R35の進化を象徴するモデルがGT-R NISMOだ。

600PS仕様のVR38DETT。

専用ターボチャージャー。

カーボン製エアロパーツ。

専用サスペンション。

そして大型リアウイング。

NISMO仕様は、GT3レーシングカーなどのモータースポーツ活動で得られた知見も活用しながら開発された。

ただし、GT3レーサーと市販NISMOは構造も規則も異なるため、同じ部品をそのまま使用しているわけではない。

重要なのは、競技で得た空力や冷却、車両制御の考え方をロードカーへ反映することだった。

R35はレースのためだけに生まれたクルマではない。

しかし、レースで得た知識を市販車の進化へつなげるというGT-Rの伝統は、確かに受け継がれていた。

10. R35最大の開発秘話──「重いのに速い」を成立させたこと

R35を語ると、しばしば車重の話になる。

初期型でも車両重量は約1.7トン台。

軽量なピュアスポーツカーと比べれば、決して軽くない。

だが、ここにR35の設計思想が凝縮されている。

R35は重量を減らすことだけを目的にしていない。

どこに重量を置くか。

どのタイヤへ荷重を与えるか。

加速時にどう駆動力を配分するか。

ブレーキング時にどう姿勢を安定させるか。

そうした要素を一台のシステムとして考えた。

だからR35は、単純なパワーウェイトレシオだけでは説明しきれない速さを発揮した。

もちろん、重量がタイヤやブレーキへの負担を増やすことも事実だ。

それでも、R35が証明したのは一つの考え方だった。

速さとは、軽さや馬力という単独の数字ではなく、車両全体の性能を統合した結果である。

11. 18年近く進化し続けたR35が残したもの

R35は2007年に発表され、日本で同年12月に発売された。

そして日本向けの最終モデルは2025年に生産を終えた。

約18年。

この長い期間、R35は基本アーキテクチャを維持しながら進化を続けた。

その間に自動車業界は大きく変化した。

ターボエンジンの一般化。

デュアルクラッチトランスミッションの普及。

電動化。

高度な車両統合制御。

R35が登場した当時には特別だった技術も、時代とともに珍しくなくなっていった。

しかしR35は、その技術を組み合わせて独自の走りを実現したクルマとして歴史に残る。

それは、単に長寿だったという話ではない。

一つの基本設計を、長い年月をかけて磨き続けるという開発手法そのものが、R35のアイデンティティになった。

R35は「世界のスーパーカーの常識」を変えたのか

R35 GT-Rの凄さは、最高出力やニュルブルクリンクのタイムだけでは測れない。

スカイラインから独立した専用車体。

RB26を継承しないという決断。

独立型トランスアクスル4WD。

匠によるVR38DETTの組み立て。

ニュルブルクリンクでの徹底した開発。

そして、約18年にわたる継続的な改良。

それらすべてに共通していたのは、既存のスーパーカーの形式に縛られないという姿勢だった。

フェラーリのように作る必要はない。

ポルシェと同じ構造である必要もない。

日本の技術と発想で、世界のトップクラスへ挑めばいい。

R35は、そんな開発思想を一台のクルマとして実現した。

GT-Rの歴史は、R35によって「日本の高性能車の物語」から「世界のスーパーカーに挑んだ物語」へと大きく広がった。

その挑戦の痕跡は、VR38DETTの鼓動にも、複雑な駆動系にも、ニュルブルクリンクで磨かれたシャシーにも残っている。

R35とは、完成された一台というより、進化を止めなかった一台だったのである。

FAQ|R35 GT-Rの開発に関する疑問

Q1. R35 GT-Rは誰が開発したのですか?

開発全体を率いた中心人物として知られるのが水野和敏氏です。ただしR35は、エンジン、シャシー、駆動系、電子制御など多数の専門チームが関わった日産の大規模開発プロジェクトです。

Q2. なぜR35ではRB26DETTを採用しなかったのですか?

世界市場向けの性能要求に対応するため、より大きな排気量と高いトルクを備え、車体レイアウトの自由度も確保できる新しいV6ツインターボが採用されました。エンジン型式はVR38DETTです。

Q3. R35 GT-Rのトランスミッションはなぜ後ろにあるのですか?

前後重量配分と駆動性能の最適化を狙ったためです。リアトランスアクスルと電子制御4WDを組み合わせた独特な構造がR35の特徴です。

Q4. R35 GT-Rのエンジンは本当に手組みなのですか?

はい。VR38DETTは日産横浜工場で「匠」と呼ばれる熟練技術者によって組み立てられ、担当者の名前を記したプレートが取り付けられています。

Q5. R35 GT-Rはニュルブルクリンクで何分を記録しましたか?

代表的な記録の一つは、GT-R NISMOのN Attack Package装着開発車両による7分08秒679です。計測時の仕様やコース条件が異なるため、すべてのR35を同一条件で比較できる数字ではありません。

Q6. R35 GT-Rはなぜ長期間フルモデルチェンジしなかったのですか?

公式に単一の理由が示されているわけではありませんが、日産はR35の基本構造を維持しながらエンジン、車体、空力、電子制御などを継続的に改良してきました。その結果、長期間にわたって同じ型式で性能を進化させるモデルとなりました。

 


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