世界を驚かせた国産スーパーカー──日産 GT-R(R35)開発秘話と“誰でも速く走れる”という挑戦
「世界最速を目指す。」 そう掲げるメーカーは少なくない。 しかし、「誰が運転しても速く走れるクルマを作る」と宣言したメーカーは、ほとんど存在しなかった。 日産 GT-R(R35)は、単なる高性能スポーツカーではない。 サーキット経験が豊富なプロドライバーだけでなく、一般ドライバーでも圧倒的な速さと安心感を味わえることを目標に開発された、極めて異色のスーパースポーツである。 その誕生までの道のりには、従来のスポーツカー開発の常識を覆す数々の挑戦があった。 スカイラインから独立した「GT-R」というブランド GT-Rの歴史はスカイラインGT-Rから続いている。 しかしR35では、大きな決断が下され…
R34スカイラインGT-Rは海外で何と呼ばれているのか|“BNR34”という型式が世界共通語になった理由
R34スカイラインGT-Rを海外目線で語るとき、まず押さえておきたいのは、このクルマが**「Nissan Skyline GT-R」の最終世代**として強烈に認識されていることです。 R32、R33、R34まで続いたスカイラインGT-Rの系譜は、2002年にいったん終わります。その後、2007年に登場したR35は「Nissan GT-R」となり、スカイラインの名を外しました。英語版Wikipediaでも、R34生産終了後に日産はGT-RをSkyline名から分離し、後継車は「Nissan GT-R」として登場したと説明されています。 つまりR34 GT-Rは、海外ファンにとって単なる旧型スポー…
R34スカイラインGT-Rのレース実績|“最後の直6GT-R”がJGTCで見せた意地と美学
R34スカイラインGT-Rをレース実績で語るなら、R32のような「無敗の支配者」とは少し違う見方が必要です。R34 GT-Rの戦場は、1999年から2003年の全日本GT選手権、いわゆるJGTC GT500時代。そこは、スープラ、NSX、GT-Rが真正面からぶつかり合った、国産GTレースの黄金期でした。 R34 GT-Rは、R32のようにカテゴリーを一方的に飲み込んだわけではありません。むしろ、強力なライバル、厳しくなるレギュレーション、重い直列6気筒エンジンというハンディと戦いながら、最後の最後にタイトルをもぎ取ったクルマです。 だからこそ、R34のレース実績は熱い。これは単なる勝利数の話で…
R35 GT-Rは海外で何と呼ばれているのか|“Skyline”を脱ぎ捨てた日本製スーパースポーツの呼び名
R35型ニッサンGT-Rを海外目線で語るとき、まず最初に押さえておくべきポイントがあります。それは、R35は**「Skyline GT-R」ではなく「Nissan GT-R」**として世界に出たクルマだということです。 R32、R33、R34までは「Nissan Skyline GT-R」。しかしR35では、スカイラインの名が外れました。 英語版Wikipediaでも、R35は「Nissan GT-R」として紹介され、型式はR35、2007年から2025年まで生産されたスポーツカー/グランドツアラーと説明されています。さらに、R35はNissan Skyline GT-Rの後継ではあるものの、…
R35 GT-Rのレース実績|SUPER GTから世界のGT3戦線まで駆け抜けた“量産技術の証明”
R35型ニッサンGT-Rは、2007年に登場した瞬間から「公道だけで評価してはいけないクルマ」でした。3.8L V6ツインターボ、4WD、DCT、空力、電子制御。そのすべては、カタログスペックのためだけではなく、サーキットで結果を出すための技術思想として磨かれていきました。 R35のレース実績を語るうえで重要なのは、GT500、FIA GT1、GT3、耐久レースという複数の舞台で結果を残していることです。英語版Wikipediaでも、R35 GT-RはSUPER GT、FIA GT1 World Championship、Group GT3など幅広いカテゴリーで成功したモデルとして紹介されてい…
R35 GT-R開発秘話|スカイラインを脱ぎ捨てた“技術者たちの反逆”
2007年に登場したニッサン GT-R R35は、単なる「次のGT-R」ではありませんでした。R32、R33、R34まで続いたスカイラインGT-Rの系譜から独立し、Nissan GT-Rとして世界に勝負を挑んだ一台です。 英語版Wikipediaでは、R35 GT-Rは2007年12月から2025年8月まで生産されたモデルで、型式はR35、プラットフォームはNissan Premium Midship、エンジンは3.8L VR38DETTツインターボV6、駆動方式はフロントミッドシップ+4WDとされています。つまりR35は、従来のスカイライン派生モデルではなく、最初から“GT-R専用機”として…
R32スカイラインGT-Rは海外で何と呼ばれたのか|“BNR32”という型式が世界共通語になった理由
R32スカイラインGT-Rを海外目線で語るとき、まず押さえておきたいのは、このクルマが最初から世界中で正規販売されたグローバルモデルではなかったという事実です。 英語版Wikipediaでは、Skyline GT-Rは日本国外で製造されたことはなく、正規輸出市場は香港、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランド、そして後年の英国などに限られていたと説明されています。にもかかわらず、現在ではイギリス、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、アイルランド、カナダ、アメリカなどで、グレーインポート車として強烈な人気を獲得した存在として紹介されています。 つまりR32 GT-Rは、メーカーが…
R32スカイラインGT-Rのレース実績|29戦29勝、そして世界を黙らせた“勝つための血統”
1989年、ニッサンは16年ぶりに「GT-R」の名を復活させました。しかしR32スカイラインGT-Rは、単なる名車復刻ではありません。最初からサーキットで勝つことを狙って設計された、市販車の姿をしたグループA攻略マシンでした。 その答え合わせは、あまりにも強烈です。1990年から1993年までの全日本ツーリングカー選手権において、R32 GT-Rは4シーズン29戦29勝0敗という完璧な戦績を残しました。日産公式のヘリテージコレクションでも、この記録はR32 GT-Rを語る象徴的な実績として紹介されています。 しかも、この強さは日本国内だけに閉じたものではありません。オーストラリアのバサースト1…
R32スカイラインGT-R開発秘話|16年の沈黙を破った“勝つための設計図”
1989年8月、ニッサンは16年ぶりに「GT-R」の名を復活させました。ただし、R32スカイラインGT-Rは単なる懐古モデルではありません。むしろその正体は、市販車の姿をしたグループA攻略マシンでした。 当時の日産は、スカイラインGTS-RでグループAに参戦していました。しかし、より強力なライバルに対抗するには、従来の延長線では足りない。そこで生まれたのが、E-BNR32型、つまりR32スカイラインGT-Rです。英語版Wikipediaでも、R32 GT-Rは「Group A class racingを支配するために設計された」と説明されています。ここが、このクルマを語るうえで最も重要な出発点…
「R34 GT-Rは、“世界が欲しがった日本車”だった。」 海外で語られるR34の異名と、“JDM神話”の中心にいたスカイラインGT-R
R34 GT-Rほど、“名前だけで空気が変わる日本車”は珍しいです。 「GT-R」 この3文字だけで、海外のクルマ好きは反応します。 しかも面白いのは、その熱量。 フェラーリ好きとも違う。ポルシェ好きとも違う。 R34 GT-Rファンには、 “憧れを超えた執着” があります。 映画。ゲーム。違法輸入問題。25年ルール。 全部が重なり、R34 GT-Rは海外で“JDM文化の象徴”になりました。 そして当然、世界中で様々な呼び名が生まれていきます。 今回は、30〜50代のクルマ好きなら刺さる、“R34 GT-Rの海外での呼び名”を深掘りします。 なお今回も、某有名怪獣ニックネームには頼りません。 …












