「影」と呼ばれた名機の再評価は、海の向こうから始まった
1995年、BNR33スカイラインGT-Rは満を持して登場した。
しかし、国内では当初から賛否が渦巻いた。「R32より重い」「大きすぎる」「走りが鈍い」──伝説のR32の後継としては、あまりにハードルが高かったのだ。
だが、興味深いことに、この「微妙な空気」は日本国内だけのものだった。
海の向こうのクルマ好きたちは、R33をまったく違う視点から見ていたのだ。
ヨーロッパでは「技術の怪物」、オーストラリアでは「サムライ・スーパーカー」、アメリカでは「禁断のゴジラ」と──R33は世界各地で異なるニックネームを授かり、国ごとに違う“文脈”で語られていたのである。
ここでは、その呼び名の背景と誕生秘話、当時のメディア記事や現地の声を交えながら、R33が世界でどのように受け止められたかを追っていこう。
I. “Godzilla II”──進化した怪獣としての再定義(オーストラリア)
まず最初に語らなければならないのが、R32時代から続く伝説的なニックネーム「Godzilla(ゴジラ)」の進化形、「Godzilla II」だ。
この呼び名は、**オーストラリアのモータースポーツメディア『Wheels Magazine』**が1995年のR33登場時に使ったキャッチコピーが起源とされる。
“Godzilla II: The beast returns, heavier, smarter, and more unstoppable than ever.”
──『Wheels』1995年5月号
R32が「ツーリングカーレースの怪獣」として恐れられたことを踏まえ、彼らはR33を“進化したゴジラ”と表現したのだ。
R32よりも全長・ホイールベースが拡大し、電子制御システムが進化したことから、「より知的な怪獣」という意味合いも込められていた。
特に注目されたのは、電子制御トルクスプリットシステム「ATTESA E-TS Pro」と、世界初のアクティブLSDの組み合わせ。
『Wheels』誌はこれを「地球上で最も賢く、最も恐ろしいAWD」と評している。
II. “Samurai Skyline”──英国がつけた称号は「武士のごとき車」
ヨーロッパ圏では、「Godzilla」という日本的怪獣の比喩はそこまで浸透しなかった。代わりに、イギリスではR33に「Samurai Skyline(サムライ・スカイライン)」という異名が与えられた。
1996年、『Top Gear Magazine』はR33を特集した記事の中でこう記している:
“The Samurai Skyline – precise, disciplined, and devastatingly effective.”
──『Top Gear』1996年7月号
“Samurai”という単語には、冷静沈着で精密な動きと、一撃で勝負を決める戦士というイメージが込められている。
英国の評論家たちは、R33のドライバビリティと圧倒的な安定性を「刀の一閃」にたとえたのだ。
実際、R33の長いホイールベースは高速域での安定性に優れ、200km/h超でもステアリング入力に対して鋭く、遅れなく反応した。
イギリスの人気自動車番組『Fifth Gear』では、「この重量級がこれほど正確なハンドリングを示すとは信じられない」と評している。
英国では、この「Samurai Skyline」という呼称が雑誌やオーナーズクラブの間で定着し、現在でも愛称として使われている。
III. “Midnight Monster”──アメリカで生まれた“禁断の名”
1990年代半ば、R33 GT-Rは北米市場に正規輸入されていなかった。
そのためアメリカのクルマファンにとって、GT-Rは“雑誌やVHSでしか見られない幻のスーパーカー”であり、同時に“手に入らない憧れ”だった。
そんな背景から生まれたのが、「Midnight Monster(真夜中の怪物)」という呼び名だ。
1997年、アメリカの輸入車雑誌『Sport Compact Car』は、違法輸入されたR33を取材した記事の中でこう記している:
“The Midnight Monster from Japan – a forbidden predator that prowls the streets of L.A. when the lights go out.”
──『Sport Compact Car』1997年11月号
このフレーズがクルマ好きの間で話題となり、“Midnight Monster”は北米のストリートチューナー界隈で広まった。
夜な夜なフリーウェイに現れ、ポルシェやマスタングを蹂躙して消えていく──そんな“幻の存在”というイメージが重ねられたのである。
特に西海岸では、MotoRexによる合法化の前から並行輸入された個体が「Midnight Monster」としてSNSや掲示板で語り継がれている。
IV. “The Gentleman Godzilla”──欧州が見た「成熟した怪獣」
オーストラリアが「Godzilla II」と呼んだのに対し、ヨーロッパのメディアはR33を**“The Gentleman Godzilla(紳士的な怪獣)”**と表現することが多かった。
これは、R33がR32に比べて内装品質・静粛性・乗り心地といった“グランドツアラー的な快適性”を向上させていたことに由来する。
ドイツの自動車誌『Auto Motor und Sport』は1996年の試乗記事で次のように述べている:
“The Gentleman Godzilla – still monstrously fast, but now with the manners of a grand tourer.”
──『Auto Motor und Sport』1996年4月号
この呼称は、R33の評価を大きく変えた。単なるレース志向のマシンではなく、**「猛獣がスーツを着たような存在」**として認識されるようになったのだ。
特にアウトバーンでの試乗では、300km/h近くまで伸びるパワーと、直進安定性の高さが高く評価され、欧州ジャーナリストの間で「GT-R史上最もヨーロッパ的なモデル」と評されている。
V. 現地オーナーの証言──“ゴジラ”は国ごとに姿を変える
こうした異名の数々は、現地のオーナーの声とも密接に結びついている。
イギリス・ロンドンのGT-Rオーナーズクラブ代表、マーク・フィッシャー氏はこう語っている:
「R32は“野獣”だったが、R33は“侍”だ。制御不能な力ではなく、意志を持って路面を切り裂く。だから私たちは“サムライ・スカイライン”と呼ぶんだ。」
一方、オーストラリア・シドニーのストリートチューナー、ジェイソン・ハリス氏はこう話す:
「R33は街で見かけるたびに“Godzilla II”と呼ばれていた。あれはただのクルマじゃない。現実世界に迷い込んだ怪獣なんだ。」
そして北米でR33を所有する数少ないオーナーの一人、エリオット・ロサリオ氏はこう語った:
「“Midnight Monster”という言葉は冗談じゃない。GT-Rは本当に夜のハンターなんだ。深夜のフリーウェイで、誰も勝てない。」
終章:「異名」はそのまま、R33の評価の軌跡である
“Godzilla II”、“Samurai Skyline”、“Midnight Monster”、“Gentleman Godzilla”──これらの呼び名は、単なるニックネームではない。
それぞれが、R33 GT-Rが世界の目にどう映ったのか、どのような存在として受け止められたのかという「評価の記録」でもある。
国内では「地味な存在」と評されたR33。しかし海外では、「進化した怪獣」「侍の剣」「禁断の捕食者」「紳士的なモンスター」として語られ、むしろ**“万能型GT-R”として再評価**されていたのだ。
それは、R33が単なる“R32の後継”ではなく、GT-Rという伝説を世界基準へ押し上げた存在だった証でもある。
異名は、時に真実を語る。
そしてR33の異名が語る真実とは、「地味でも鈍重でもない。洗練された怪獣」として世界が認めたGT-Rの姿なのである。