R35 GT-Rを「ニュルブルクリンクで速かった市販車」だけで語るのは、あまりにも惜しい。
このクルマには、正真正銘のレーシングヒストリーがある。
SUPER GT GT500では14シーズンで41勝。ドライバーズタイトル5回。
FIA GT1世界選手権ではドライバーズチャンピオン。
GT3仕様はオーストラリアのバサースト12時間を総合優勝し、欧州のブランパン耐久シリーズでもタイトルを獲得した。
しかも面白いのは、「R35 GT-Rのレーシングカー」と一括りにできないことだ。
GT500。
GT1。
GT3。
それぞれ規則が違い、メカニズムも違う。
市販R35のATTESA E-TSをそのまま使って世界中を戦ったわけでもない。
GT-Rという素材を、それぞれのレギュレーションで勝つマシンへ作り替えた。
そこに日産/NISMOのレース屋としての凄みがある。
- 市販車登場直後、GT-RはもうGT500へ向かっていた
- デビュー戦から1-2フィニッシュ
- ただしGT500マシンは「市販R35そのもの」ではない
- 2011年──GT-Rが再び頂点へ
- 2014、2015──今度はNISMOが連覇する
- 14シーズン、113戦、41勝
- R35は日本だけで戦ったわけではない
- 2011年 FIA GT1世界選手権──世界王者
- そしてGT3──世界中のチームがGT-Rで戦える時代へ
- デビューイヤーから世界各地で勝ったGT3
- 2015年バサースト12時間──マウント・パノラを制圧
- 同じ2015年、ヨーロッパでもタイトル
- GT500とGT3を同じ「GT-R」と考えてはいけない
- ニュルブルクリンクのタイムもR35伝説の一部
- 2021年、GT500からGT-Rが去る
- R35は「電子制御で速いロードカー」だけではなかった
市販車登場直後、GT-RはもうGT500へ向かっていた
R35型NISSAN GT-Rが正式発表された直後、日産/NISMOはSUPER GT GT500クラスへの投入を決めていた。
それまで日産陣営が使用していたのはフェアレディZ。
そこからGT-Rへバトンを渡す。
日産が2008年1月に発表したモータースポーツ計画では、R35型NISSAN GT-RによるSUPER GT参戦を正式に表明している。GT-Rのレース活動としては5年ぶりの復活だった。
そして、ここからが凄かった。
普通なら新型レーシングカーのデビューイヤーは、トラブルを潰しながら熟成するシーズンになる。
R35 GT-Rは違った。
いきなり勝った。
デビュー戦から1-2フィニッシュ
2008年SUPER GT開幕戦、鈴鹿。
R35 GT-RにとってGT500デビュー戦だ。
結果は、
GT-Rの1-2フィニッシュ。
しかも勢いは止まらない。
最終的にR35型GT-Rは2008年シーズン9戦中7勝。
デビューイヤーにしてドライバーズタイトルまで獲得した。
NISMOが2021年にR35 GT500の歴史を総括した公式記録でも、「デビューシーズン9戦7勝」という数字が残されている。
勝率だけ見ても異常だ。
ニューマシン。
初年度。
国内最高峰カテゴリー。
そこで9戦7勝。
「GT-Rが帰ってきた」どころではない。いきなり選手権を支配し始めたのである。
ただしGT500マシンは「市販R35そのもの」ではない
ここは非常に重要だ。
SUPER GTのGT500仕様GT-Rを、
「市販R35を軽量化して改造したレーシングカー」
と考えるのは正確ではない。
GT500は高度な専用レーシングカーだ。
たとえば2011年仕様には競技専用のVRH34Aエンジンが搭載され、トルク特性、最高出力、ダウンフォース、駆動系の信頼性などが改良されていた。
さらに時代とレギュレーションの変化に合わせて、GT500マシンの構造は進化していく。
つまり、
見た目はR35でも、中身は勝つために作られた別世界のマシン。
それでも「GT-R」という名前を背負って国内最高峰を戦い続けたことに意味がある。
2011年──GT-Rが再び頂点へ
2008年のタイトル獲得後もR35 GT-RはSUPER GTで戦い続ける。
そして2011年。
MOLAのS Road MOLA GT-Rを駆る柳田真孝/ロニー・クインタレッリ組がシリーズを制した。
ドライバーズタイトルだけではない。
チームタイトルも獲得。
R35 GT-Rは再びSUPER GTの頂点に立つ。
さらに翌2012年。
同じ柳田/クインタレッリ組が連覇。
GT-Rが2年連続でドライバー&チームのダブルタイトルを獲得した。
この頃には、R35 GT-Rは「デビュー時だけ速かったクルマ」ではなく、長期的に勝てるプラットフォームであることを証明していた。
2014、2015──今度はNISMOが連覇する
GT-Rの黄金期はまだ終わらない。
2014年。
MOTUL AUTECH GT-Rを駆る松田次生/ロニー・クインタレッリ組がGT500タイトルを獲得。
翌2015年も同じコンビがチャンピオンとなる。
2年連続タイトル。
2015年最終戦もドラマチックだった。
MOTUL AUTECH GT-Rは予選12位。
タイトル争いでは厳しい状況に追い込まれていた。
しかし決勝では追い上げて2位。
逆転でシリーズチャンピオンを決めた。
ロニー・クインタレッリに至っては、R35 GT-Rとともに2011、2012、2014、2015年と4度のGT500ドライバーズタイトルを獲得することになる。
R35 GT-RとSUPER GTを語るうえで、絶対に外せないドライバーだ。
14シーズン、113戦、41勝
R35 GT-RのGT500活動が終了したのは2021年シーズン。
2008年から、
14シーズン。
その最終成績を日産/NISMOは公式にまとめている。
113戦。
36ポールポジション。
41勝。
ドライバーズチャンピオン5回。
2008年、2011年、2012年、2014年、2015年。
チームチャンピオン4回。
2011年、2012年、2014年、2015年。
さらに2014年オートポリスと2021年鈴鹿ではGT-R勢が表彰台を独占した。
日産/NISMOによれば、41勝はGT500参戦車両として2021年11月時点で歴代最多だった。
R35のレース史で最も重い数字は、ニュルのラップタイムではない。
「41」なのかもしれない。
一発のタイムではなく、14年間戦い続けて積み上げた勝利数だからだ。
R35は日本だけで戦ったわけではない
GT-Rの名前は、日本国内だけに閉じ込められなかった。
R35には世界選手権仕様も存在する。
それが、
FIA GT1仕様NISSAN GT-R。
2010年から本格的にFIA GT1世界選手権へ投入された。
日産/NISMOはワークスチームとして直接参戦するのではなく、プライベートチームへR35型GT-Rを供給し、技術支援を行う方式を採用した。
2010年には4台のGT-Rが参戦している。
そして翌シーズン、大きな結果を残す。
2011年 FIA GT1世界選手権──世界王者
FIA GT1世界選手権。
名前どおり、世界を転戦するGTカー最高峰の一つだった。
2011年、JRMのNISSAN GT-Rで戦ったミハエル・クルム/ルーカス・ルーア組が、
ドライバーズチャンピオンを獲得。
NISMOの公式戦績にも、2011年のFIA GT1世界選手権でNISSAN GT-R(R35)がドライバータイトルを獲得したことが記録されている。
これはR35にとって非常に大きい。
日本のSUPER GTだけで強かったわけではない。
異なる規則、異なるタイヤ、異なるサーキット、異なるチーム運営の世界選手権でも、
GT-Rはタイトルを獲った。
そしてGT3──世界中のチームがGT-Rで戦える時代へ
次に登場したのが、
NISSAN GT-R NISMO GT3。
これはR35をベースにFIA GT3規則へ適合させたカスタマーレーシングカーだ。
2011年からNISMOと英国JRMが共同で開発を進め、2012年モデルとして発売された。
エンジンには市販GT-Rと同系統の、
VR38DETT
を使用。
ただしトランスミッションは6速シーケンシャル。
さらにFIA GT3規則に合わせ、
駆動方式は後輪駆動。
つまり市販R35最大の特徴であるATTESA E-TS 4WDは使わない。
ここがレーシングカーの面白いところだ。
「市販車の機構を全部残す」ことが正義ではない。
レギュレーションの中で最も速く走る形へ作り直す。
GT3 GT-Rはその典型だった。
デビューイヤーから世界各地で勝ったGT3
GT-R NISMO GT3は2012年3月にレースデビュー。
すると初年度から結果を出した。
SUPER GT GT300。
スーパー耐久GT3クラス。
英国GT選手権。
英国GT Cup。
これらで勝利を記録。
NISMOはその実戦データやカスタマーチームからのフィードバックを次期モデルの開発へ投入した。
GT3カテゴリーの魅力はここにある。
メーカーのワークスチームだけではなく、世界各地のカスタマーチームが同じ基本車両を購入して戦える。
R35はここで、
「日産のレーシングカー」から「世界のチームが選べるレーシングカー」へ変わった。
2015年バサースト12時間──マウント・パノラを制圧
R35 GT-Rの海外レース実績で、最もドラマチックな勝利の一つが、
2015年バサースト12時間。
舞台はオーストラリアのマウント・パノラ・サーキット。
壁が迫る山岳区間。
高低差。
高速セクション。
そして長時間の耐久戦。
ミスをすれば即リタイアになりかねない難コースだ。
そこへNISSAN GT-R NISMO GT3が挑んだ。
千代勝正。
ウォルフガング・ライプ。
フローリアン・シュトラウス。
この3人がドライブし、
総合優勝。
NISMOの公式戦績にも2015年バサースト12時間でGT-R NISMO GT3が総合優勝したことが記録されている。
しかもGT-Rにとって、バサーストという土地には特別な意味がある。
だからこそ、R35世代での勝利は世界のGT-Rファンに強烈な印象を残した。
同じ2015年、ヨーロッパでもタイトル
2015年のR35 GT3はバサーストだけでは終わらなかった。
欧州では、
Blancpain Endurance Series Pro Cup
のドライバーズタイトルを獲得。
GT-R NISMO GT3を駆った千代勝正/ウォルフガング・ライプ/アレックス・バンコム組がシリーズを制した。
NISMO公式戦績にも、2015年のブランパン耐久シリーズPROクラスでGT-R NISMO GT3がシリーズタイトルを獲得したことが記録されている。
オーストラリアで耐久レース総合優勝。
ヨーロッパで耐久シリーズ王者。
日本ではSUPER GT GT500王者。
2015年は、R35のレーシングヒストリーを象徴する一年だった。
GT500とGT3を同じ「GT-R」と考えてはいけない
ここでマニア向けに整理しておきたい。
R35 GT-Rのレース実績を語る際、
GT500 GT-RとGT3 GT-Rはまったく別物
と考えたほうがいい。
GT500はSUPER GT最高峰クラス用の専用レーシングマシン。
GT3はFIA GT3規則に従い、市販車との関連性を持たせながら世界各国のカスタマーレースへ投入する車両。
エンジン。
駆動方式。
シャシー。
空力。
トランスミッション。
すべての考え方が異なる。
さらに2014年以降のGT500は2.0L直列4気筒直噴ターボを用いる共通技術規則へ移行したため、市販R35のVR38DETTとはますます別世界になった。
それでもボディにはGT-Rの姿が与えられ、
日産のフラッグシップとして勝利を求められた。
「市販車と同じだから凄い」のではない。
GT-Rという名前を背負った競技車両が、異なるルールの中で結果を残し続けたことが重要なのだ。
ニュルブルクリンクのタイムもR35伝説の一部
レース戦績とは少しカテゴリーが異なるが、R35を語るならニュルブルクリンク北コースでのタイムアタックも外せない。
日産の2025年の公式回顧によれば、R35は2007年にやや湿った路面で7分38秒。
2008年には標準仕様車で、
7分29秒。
翌2009年には、
7分26秒
まで記録を縮めた。
ここで重要なのは、単なる広告用タイムではなく、ニュルブルクリンクがR35の開発現場そのものだったことだ。
高速。
低速。
ジャンピングスポット。
バンピーな路面。
長いストレート。
そこを速く走るには、馬力だけでは足りない。
ブレーキ、タイヤ、空力、冷却、サスペンション、4WD制御。
全部が強くなければ一周をまとめられない。
R35が「直線だけのクルマではない」と世界へ知らしめた舞台だった。
2021年、GT500からGT-Rが去る
14年間続いたR35 GT-RのSUPER GT GT500活動は、2021年最終戦富士で幕を閉じた。
翌2022年から日産は新たなGT500車両へ移行。
しかしR35のレース活動そのものが完全に終了したわけではない。
GT-R NISMO GT3はその後もGT300などで走り続けた。
そして2026年シーズンについても日産/NMCはGT-R NISMO GT3を使用するチームへの技術支援を継続し、SUPER GT GT300には4台のGT-Rが参戦する体制を発表している。
市販R35の生産はすでに終了した。
それでもレーシングフィールドには、
まだR35がいる。
長寿モデルならではの異様な光景だ。
R35は「電子制御で速いロードカー」だけではなかった
R35 GT-Rには、市販車としての強烈なイメージがある。
VR38DETT。
ATTESA E-TS。
GR6デュアルクラッチ。
ローンチコントロール。
ニュルブルクリンク。
しかしレース史を追うと、もう一つの顔が見えてくる。
GT500では14年間戦い、41勝。
FIA GT1では世界タイトル。
GT3ではバサースト12時間を制覇。
欧州耐久シリーズでも王者。
しかもレギュレーションに合わせ、4WDを捨てたり、VR38DETTすら使わないGT500仕様へ変化したりしながら勝ち続けた。
つまりR35のレース史を支えたのは、
市販車のメカニズムを守ることではなかった。
守ったのは、
GT-Rの名前を付ける以上、レースで結果を残すこと。
だったのだろう。
街では重量級の2+2クーペ。
高速道路では長距離GT。
ニュルではタイムアタッカー。
そしてサーキットへ入れば、GT500、GT1、GT3という異なる姿に変わる。
R35は18年近いモデルライフの中で、ロードカーとしてだけではなく、
「勝つGT-R」という血統も、確かに次の時代へつないだのである。
FAQ
R35 GT-RはSUPER GTで何勝しましたか?
GT500仕様のR35型NISSAN GT-Rは2008年から2021年まで14シーズン参戦し、113戦で41勝、36ポールポジションを記録しました。2021年11月時点で41勝はGT500参戦車両の歴代最多記録でした。
R35 GT-RはSUPER GTで何回チャンピオンになりましたか?
GT500ではドライバーズタイトルを5回獲得しています。2008年、2011年、2012年、2014年、2015年です。チームタイトルは2011、2012、2014、2015年の4回でした。
R35 GT-Rは世界選手権でも優勝していますか?
はい。2011年のFIA GT1世界選手権で、NISSAN GT-Rを駆ったミハエル・クルム/ルーカス・ルーア組がドライバーズタイトルを獲得しています。
GT-Rはバサースト12時間で勝っていますか?
NISSAN GT-R NISMO GT3が2015年のバサースト12時間で総合優勝しています。ドライバーは千代勝正、ウォルフガング・ライプ、フローリアン・シュトラウスでした。
GT-R NISMO GT3も4WDですか?
いいえ。GT3仕様はFIA規則に従って後輪駆動です。エンジンにはVR38DETTを採用しましたが、6速シーケンシャルトランスミッションなど、市販R35とは異なる競技専用構成になっています。
R35 GT-Rは現在もレースに出ていますか?
GT500でのR35参戦は2021年に終了しましたが、GT-R NISMO GT3はその後も使用されています。日産/NMCが発表した2026年の活動計画でも、SUPER GT GT300、GTワールドチャレンジ・アジアなどでGT-R NISMO GT3を使用するチームへの支援が継続されています。
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