はじめに
1995年に登場したスカイラインGT-R R33は、先代R32のあまりに強烈なレース実績を背負い「次も勝って当然」と見られていました。結果、モータースポーツの舞台で勝利を重ねながらも「R32には及ばない」と語られることが多く、いまも議論の尽きない存在です。今回は海外Wikipediaの信頼できる情報を基に、R33のレース実績とその舞台裏に潜むトリビアや逸話を、30〜50代のクルマ好きに響くエモーショナルな切り口でご紹介します。
1. JGTC(全日本GT選手権)での存在感
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R33は1995年からGT500クラスに参戦。
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R32に続きNISMOを中心に開発されたが、重量増加の影響で初期は安定性重視のセッティングとなった。
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1995年、星野一義/影山正美組がシリーズチャンピオンを獲得。
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1998年まで参戦し、JGTC初期を支えた象徴的マシンとなった。
エピソード:星野一義は「R33は安定性が高く、長丁場で信頼できるGT-R」と語った一方、観客は「R32の荒々しい速さが恋しい」と感じていた。
2. ニュルブルクリンク24時間耐久
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R33は日産ワークスがニュルブルクリンク24時間に投入した初のGT-R。
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1995年と1996年の参戦では、総合トップ争いに加わり完走を果たす。
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ドイツの観客からは「ジャパニーズ・タンク」と呼ばれ、その耐久性に驚嘆された。
トリビア:テスト段階でニュル北コースを8分切りした記録は、当時の量産車として大きな話題を呼んだ。
3. バサースト1000の挑戦
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オーストラリアの耐久レース「バサースト1000」へも参戦。
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R32の圧倒的支配を引き継ぎつつも、現地では「Fat Godzilla(太ったゴジラ)」と揶揄される。
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しかし実際にはパワーと安定性を兼ね備え、コンスタントに上位を狙えるマシンだった。
おもしろエピソード:オーストラリア人ファンの間では「ゴジラが進化して横に広がった」と笑い話になり、愛憎入り混じったニックネームが定着した。
4. グループN・市販車ベースの戦績
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グループN(市販車ベース)レースでもR33は参戦。
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4WDとRB26DETTの信頼性が武器となり、国内外の耐久レースで完走率が高かった。
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「地味に強いR33」という印象を残す。
5. 海外メディアの評価
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英『Evo』誌:「R33は過小評価されている。R32より扱いやすく、R34より成熟している」
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独『Auto Motor und Sport』誌:「安定性はまるで戦車、しかしその裏に繊細なコントロール性が隠されている」
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豪州『Wheels』誌:「Fat Godzillaの呼び名は皮肉だが、結局は勝利が怪物の証明だった」
6. ファンとアンチの狭間で
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ファンは「耐久力と安定性こそR33の美徳」と語る。
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一方でアンチは「R32の影に埋もれたモデル」と評する。
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しかし近年では「時代が追いついたクルマ」として再評価が進んでいる。
まとめ
R33 GT-Rは「R32の後継」という宿命を背負い、常に比較され続けた不遇の存在です。
しかし、JGTCでのチャンピオン獲得、ニュル耐久での挑戦、バサーストでの熱戦など、確かな戦績を残した実力派でもありました。
30〜50代のクルマ好きにとって、R33は“派手さよりも誠実な強さ”を持つGT-R。そのレース実績は、時代と共により輝きを増しているのです。
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