はじめに
1989年、突如として世界のモータースポーツシーンを震撼させた1台――スカイラインGT-R R32。
その異名は「Godzilla」。日本から現れ、圧倒的な力でライバルを飲み込み、レース界の怪物と化しました。
今回の記事では海外Wikipediaを参照し、R32 GT-Rのレース実績を中心に、トリビア・逸話・おもしろエピソードを盛り込みながら、30〜50代のクルマ好きに刺さるエモーショナルな物語をマニアックに展開します。
1. グループAでの無敗伝説
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1989年の全日本ツーリングカー選手権(JTC)にR32がデビュー。
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以降1993年まで29連勝という前人未踏の記録を樹立。
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BMW M3やフォード・シエラRS500といった強豪を相手に、R32は別次元の速さを誇った。
逸話:あまりに勝ちすぎたため、観客からは「またGT-Rか」と嘆きの声が出る一方、他メーカーは「GT-R禁止令」と呼ばれるハンデ規制を訴える事態に。
2. バサースト1000kmでの衝撃
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オーストラリアの名門耐久レース「バサースト1000」でもR32は勝利を収めた。
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1991年と1992年に優勝し、地元ファンから「Godzilla」と命名。
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豪メディア『Wheels』誌は「日本の怪物がサーキットを破壊した」と報道。
おもしろエピソード:現地ではGT-Rが速すぎて「フォード vs ホールデン」の構図が壊れると批判され、最終的にグループA規定自体が終了する要因となった。
3. 世界耐久レースでの戦い
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R32はニュルブルクリンク24時間にも挑戦。1990年代初頭、クラス優勝を果たし「耐久性の化け物」と称された。
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直列6気筒RB26DETTと電子制御4WD ATTESA、HICAS四輪操舵が、長丁場のレースでも武器となった。
トリビア:欧州メディアは「まるで電子頭脳を積んだ戦車」と形容し、従来のスポーツカー像を根本から覆したと評価。
4. グループN・市販車ベースの戦績
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GT-Rは市販車に近い仕様のグループNでも圧倒的な強さを見せた。
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ほぼノーマルの状態で欧州耐久レースに参戦しても、同クラスを支配。
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「ストリートでもサーキットでも速い」というGT-Rの神話をさらに強固なものにした。
5. 海外ジャーナリストの反応
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英『Autocar』誌:「BMW M3が王座にいた場所に、突如として雷のようにGT-Rが現れた」
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豪『Wheels』誌:「Godzillaはただの車ではない、文化的脅威だ」
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米国メディアは導入の遅れもあり「幻のモンスター」として記事を掲載。
6. ハンデと規制との戦い
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重量増加やリストリクター規制にもかかわらず、R32は勝ち続けた。
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開発陣は「規制をどう克服するか」をレースごとに追求し、毎回マシンを進化させた。
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その姿勢は後のR33・R34へと受け継がれていく。
7. ファンとアンチが生んだ“怪物神話”
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ファンは「GT-Rは神」と称え、アンチは「怪物だから禁止にすべき」と叫んだ。
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しかしその両方が合わさることで「Godzilla」という唯一無二のキャラクターが生まれた。
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30年経った今でもR32の戦績は語り継がれ、各国のクラブイベントで「ゴジラの血統」として讃えられる。
まとめ
R32 GT-Rは、ただ速いだけの車ではありませんでした。
勝ちすぎてレース規則を変えさせた怪物、それがR32の正体です。
ニュルで、バサーストで、JTCで、常に圧倒的な強さを見せつけ、海外からは「Godzilla」と呼ばれ、日本から世界へと伝説が広がった。
30〜50代のクルマ好きにとって、その姿は「青春の象徴」であり、また「日本車が世界を震わせた証」として永遠に語り継がれるのです。
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